死ぬ準備をする‼️
- hosanaministry
- 1月28日
- 読了時間: 7分
更新日:1月29日

アンドリュー牧師の話では「死」について考えなさい、「死ぬ準備をしなさい」ということでした。これは、EGWも言っていることです。今日はそのことに関することと、もろもろ、今必要とされている情報を織り込んで、書きたいと思います。
これまで、トランプの状況、ヘリテージ財団、プロジェクト2025についてたくさんの情報をアンドリュー牧師の話からシェアさせていただきました。今後も私の時間の許す限り、シェアしていきたいと願っています。いつの日か、Youtubeから米国の牧師たちが消え、私のパソコンが止まるとブログもストップ。その時は、デジタルIDにサインしなかったことを意味します。
日本では日曜日も土曜日も今の所、誰も気にせずに働き、休んでいます。しかし米国ではもう随分前から日曜休業令はブルーローとして存在しています。日本でどのように休業令が出されるのかあまりイメージが湧きませんが、仏教徒や神道の人々にも日曜日に仕事を休み、寺社へ行けというのでしょうか。クリスチャンで日曜日に行かない人は逮捕する、ということになるのでしょうか。まだイメージが湧きません。しかしプロジェクト2025は確実です。デジタルIDはバビロンと繋がっているもっとも顕著なものなので、これを受け入れる人々は獣の刻印を受けることになります。
セブンスデーの教会で長く教会に通っている人々は2025年までこの世が続いているとは思っていなかった人々もいます。あまりに長く待っているので、まだ先、まだ先と思い込んでいるかもしれません。でももうそこまでやってきました。
予想していた通り、トランプ大統領になって急な進展がありました。教会ではヘリテージ財団のこともプロジェクト2025のことも当然教えられないでしょう。教会へ通う人々を残念に思います。
「それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。」(黙示録13:15-17)。

前回死刑制度復活のことも書きましたが、
すでに大統領令のサインがなされました。
このことについて、どれだけの再臨信徒が重大性を理解しているでしょうか。
預言との関連をどれだけの人々が理解しているでしょうか。

ヘリテージ財団会長のケビン・ロバーツは大統領のことなど何とも思っていません。
プロジェクト2025がなければ何もできない大統領というレッテルを貼っています。このイエズス会教育を受けた熱心なカトリ
ック狂信者によって、カトリックが教えている死刑制度が復活しました。

彼ら独自の(聖書を基礎としない)死刑を認めるカトリックの教義によりそれを前面に出してきました。サタンがすでに時の短いことを知り、急いでいるようにも思えます。
私たちの生きる現代は本当に厳粛な時代に生きています。
私自身、神が私の命を取られるならば、それでもいいとも考えますが、死ぬ準備も、キリストに会う準備もできているだろうか・・・と思います。命は私のものではありません。神が私をどうしようと神のみ手のうちです。
「正しい者が滅びても、心にとめる人がなく、神を敬う人々が取り去られても、悟る者はない。正しい者は災の前に取り去られて、平安に入るからである。すべて正直に歩む者は、その床に休むことができる。」(イザヤ57:1-2)
これは、終末の厳しい時に耐えることができない人々に対する神の憐れみで、眠りにつかせられることが書かれているのです。たとえば、70代、80代や90代の高齢者の方々です。では神が私たちを眠りにつかせられないのなら、耐えて生きなさい、
ということでしょうか😱 誰一人自身のある人はいないと思います😭。
ところが、再臨についても、まだまだ先のことと本気にしない人もいます。
「まず次のことを知るべきである。終りの時にあざける者たちが、あざけりながら出てきて、自分の欲情のままに生活し、「主の来臨の約束はどうなったのか。先祖たちが眠りについてから、すべてのものは天地創造の初めからそのままであって、変ってはいない」と言うであろう。」(2ペテロ3:3-4)。
いいえ、変わりました。ロスの火災や、地震、洪水、物価高。生活は確かに悪くなっています。トランプ大統領により、黙示録13章の成就を見ています。

▪️真夜中の叫び
危機に陥ったとき、人格が明らかになる。真夜中に「さあ、花婿が来る。迎えに出なさい」という真剣な声が響き、眠っている処女たちが眠りから起こされたとき、誰がその出来事に備えていたかが明らかになった。両者とも不意を突かれたが、一方は緊急事態に備えていたが、もう一方は準備していなかった。だから今、突然の予期せぬ災難、魂を死と直面させる何かが、神の約束に対する真の信仰があるかどうかを示すだろう。それは、魂が恵みによって支えられているかどうかを示すだろう。最後の大きな試練は、人間の試練の終わりにやってくる。その時は、魂の必要を満たすには遅すぎる。(COL412.1)
このコメンタリーにある通り、私たちには突然の予期せぬ災難があり、真の信仰があるかどかを示すような出来事に直面するのです。その時、神を呪うのか、それとも、ヨブのように神の恵によって支えられていることを示すだろうか。日々、真剣に神と向かいあわなくてはなりません。ステパノのようになれるだろうか。使徒たちのようになれるだろうか。そのようなことを自分の魂に問いかけてみる必要があるでしょう。
ところで、25 章の譬の「婚姻(the marriage・結婚) 」は、再臨の前に、神の民がまだ地上で生きている間に行われることです。さらに、「婚姻とは、人性と神性との結合をあらわし」ており(キリストの実物教訓 287 頁)、人間がイエスさまと完全に一つ( at-one-ment・贖い)になり、その結果として、人間がイエスさまのご品性を現わすことを示しています。一方の『婚宴(the marriage supper・披露宴)』は、再臨の後に、神の民が天国に行ってから行われる祝いの宴会・披露宴です。(橋川真里さんより)
また「真夜中の叫び」と「大いなる叫び」の2種類があります。どんな違いがあるのでしょうか。この2種類の叫びの違いをお知らせしておきます。
『再臨運動の初めに起こった「真夜中の叫び」と再臨運動の最後に起こる「大いなる叫び」は、マタイ 25:6 の預言における二重の成就である。第二天使の使命は、終わりの時代に第四天使の使命としてくり返され、背教と堕落で倒れたバビロンからの分離するように、すなわち罪から離れて神に戻るように…と発せられる。』とミシガン聖書研究の橋川真理さんが教えておられます。非常に納得ではないでしょうか。
▪️迫害と逮捕と死刑

日曜日遵守が強制になると、安息日遵守者たちは真理のために迫害を受けます。法廷へ連れて行かれても、不正が勝利するようになる、とEGWは書いています。
裁判官たちは私たちの側が正しいことをしっているので、私たちの論証には耳を傾けるのを拒みます。反論の余地がないことを知っているからです。
以前、Xでカトリックの方に日曜日に礼拝する根拠を示してください、そうすれば私も納得します、と言いましたが、彼らは何も聖書から見つけることができなくて、「ばかばかしい」と捨て台詞を吐きました。そんな感じなんですね。それが法廷という場所に変わるだけです。それから裁判官たちは、『われわれには法律がある、われわれの法律に基づいて彼は死ぬべきである」と言う。彼らにとって神の律法などどうでもよい。「われわれの法律」が彼らにとって最高のものなのである・・・』(ST1898年5月26日)

「獣の像を拝まない者がみな殺される」と黙示録13:15に書かれています。すべての人がそうなるわけではないですが、覚悟は必要でしょう。次回、EGホワイトのコメントを多く書きたいと思います。
私たちの試練は、本当に想像を超えるものとなるでしょう。信仰がなければ立ち向かうことはできないとこの画像のコメントには書かれています。私たちの信仰は使徒たちと同様に試されます。今、神との関係を朝となく夜となく、祈りによって強め、死ぬ準備、イエスに会う準備をしなければなりません。数年前、「死ぬ準備をしなさい」とある説教者に言われて意味がよくわからなかった。今やっとわかりました!!
「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」イザヤ41:10
アーメン!!
アクセスありがとうございます。
祝福と憐れみをお祈りします。
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