終末の預言と信仰ー私の考察
- hosanaministry

- 2月7日
- 読了時間: 6分

1. 終わりが近いという喜びと厳粛さ
私たちはすでに神を信頼し命を捧げている者として、恐れではなく
主の再臨が近づいているという「喜び」と「厳粛な思い」で日々を過ごすべきです。
多くのクリスチャンが不安や恐怖心に囚われていますが、
聖書が教えるのは、恐れることではなく準備と信仰です。
2. 預言を「学ぶ」とは何か?
私も夫も、YouTube(米国の兄弟たち)で終末のビデオを見るのは素晴らしいことですが、
それだけでは「理解」や「信仰の深まり」につながりにくい場合があるのでは、と思います。
聖書を自分の手で開き、祈りながら求める体験こそが重要なのではないでしょうか。
これは、私がエホバの証人の時代から学んだことでもあります。
疑問点は神に祈って求めるべきで、単なる情報の受け取りでは足りません。
知識や信仰が自分のものにならないからです。
3. 終末と日曜休業令・刻印の問題
黙示録13章17節では、刻印を受けない者は売買ができないと書かれています。
この預言解釈から、日曜休業令(=日曜法)は終末の大きな目安とされます。
「日曜休業法が強制され、従わない者への圧力が強まる。」
その時、医療・水道・電気などのライフラインが止まるという懸念は、
信仰的見地から語られることが多く、
終末の図解やチャートにも登場します。(神の預言のタイムラインでお知らせしている通りです。)
4. 『Chronology of Last Day Events』に見る終末の流れ:神のタイムラインのページ。
このチャートは、終末までの主要な段階を次のように示しています:
終わりの時(Time of End)
└ 聖書の知識が増し、「真理」が広まる時期
三天使の宣教メッセージ
└ 偽りではなく真理を明らかにする
試練と振り分け(Shaking Time)
└ 神を本当に求める者と、そうでない者とが分かれる
確定と終末への突入(Close of Probation)
└ 聖霊の働きが留められる時期
大きな苦難(Great Time of Trouble)と黙示録の災い
再臨と義人の復活(Second Advent / Resurrection)
千年期と新しい天地
この流れは単なる未来予測ではなく、
聖書全体と象徴的な預言理解に基づくものです。
5. 恐れよりも準備 — 真の信仰とは?
終末に対して恐れるのではなく、私たちが本当に準備しなければならないのは:
✔︎ 神との日々の親密な関係
✔︎ 聖書の学び
✔︎ 祈り
✔︎ イエス・キリストの御心に従う生き方です。
神が愛する者に与えるのは恐怖ではなく、備えの知恵と平安です。
6. 生活の清め — 霊的にも身体的にも
人々が言うように、信仰者の恐ろしい点は「食欲」や「快楽を制御できないこと」です。
たとえヴィーガンの美味しい料理でも、欲望のままに食べ過ぎることは何ら、世人と変わりません。
体を制することは、
自分の霊と魂を制する訓練でもあります。
それは単なる健康法ではなく、
「神にふさわしい品性」を育む生活そのものです。
7. 恐れる信仰ではなく、信頼する信仰を
恐れは信仰の反対ではありませんが、
恐れる信仰は信仰ではありません。
私たちは恐れず、
神が主権を持つ終末の時代にあっても、主を見上げ、準備し、共に歩む生き方を目指す、
これが現代の真理を持つ者の生き方ではないでしょうか。
世の人も、神が創造された大切な魂です。
伝道に生きるということ ― 恐れの時代に与えられた使命
終末の備えにおいて、もう一つ決定的に重要なことがあります。
それは伝道に生きることです。
伝道とは、特別な人が特別な言葉で福音を語ることだけではありません。
クリスチャンでない人の魂であっても、
神が創造された存在であり、神にとって等しく尊い魂なのです。
その魂に触れるために必要なのは、
教えを一方的に与えることではなく、
その人の「必要」を顧みることです。
それは物を与えることだけではありません。
地域で共に生きること、
子どもたちのために働くこと、
個人的な霊的必要に寄り添うこと。
形はさまざまですが、共通しているのは
キリストのように人々の中に入っていくことです。
人々の生活の中に入らなければ、
心に触れることも、真理を伝えることもできません。
✅日本という文化の中での知恵
特に日本は、キリスト教文化の国ではありません。
そのため、人との交わりには特別な知恵と配慮が必要です。
突然、預言や福音を語れば、
多くの人は心を閉ざし、離れていきます。
また、感情移入しすぎたり、
相手の生活や選択をコントロールしようとすることも、
決してすべきではありません。
伝道において最も大切なのは、
良い関係を保つことです。
礼節をわきまえ、
感謝を示し、
相手をリスペクトすること。
そこに少しでも
「自分の正しさ」
「支配したい思い」
「威張る心」
が混じれば、人はすぐに離れていきます。
必要なのは、謙虚な言葉と振る舞いです。
✅伝道は訓練の場であること
人々の中にあって、私たちは淘汰されます。
しかしそれは排除ではなく、訓練です。
伝道は、
忍耐を学び、
愛を学び、
自分の品性が試され、整えられる場所です。
だからこそ、伝道活動は大切なのです。
✅使徒たちも、最初から分かっていたわけではない
使徒たちも同じでした。
イエスの死に落胆し、
復活によって希望を取り戻し、
昇天後、ペンテコステの日に
キリストの聖霊を受けたのです。
彼らは最初から分かっていたわけではありません。
しかし、彼らの人生はすべて伝道でした。
私たちに最も必要なのも、
このキリストの聖霊を受けることです。
そのために、
伝道の中で品性の訓練を受ける必要があります。
✅大宣教命令がある限り、人生は伝道
大宣教命令がある限り、
私たちの人生そのものが伝道です。
人々の命を救う神の働きに参与すること。
私たちにできるのは、種まきだけ。
しかし、それは限りなく尊い働きと思います。
恐れのあまり家に閉じこもり、
安息日に教会へ行っていれば救われる、
そんな考えは、命へ続く狭い道から外れてしまいます。
✅伝道における軸を失わないために
ただし、伝道活動を行うにあたっては、
自分の活動の意味・理念・目的を
しっかり定めておく必要があります。
それがなければ、
世の流れに流されてしまうかもしれません。
しかし、その軸を保ち続けるなら、
神は必ず喜ばれると信じています。
✅神は、多くのことを約束してくださいました。
私たちは恐れを集めるのではなく、
恐れを締め出す神の確かな約束を思い起こしましょう。
*ヨハネの手紙 第一 4章18節
「愛には恐れがありません。完全な愛は恐れを締め出します。」
*マタイの福音書 24章13節
「しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。」
*ヘブル人への手紙 13章5節
「わたしは決してあなたを見放さず、
あなたを見捨てない。」
*イザヤ書 41章10節
「恐れるな、わたしはあなたと共にいる。
たじろぐな、わたしがあなたの神だから。
わたしはあなたを強め、あなたを助け、
わたしの義の右の手で、あなたを支える。」
アーメン‼️
アクセスありがとうございます。
祝福と憐れみがありますように。




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